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【公 演】竹澤恭子さんインタビュー vol.1〔コンクールとの出会い〕

2020.09.17

――ヴァイオリンを始めたきっかけを教えてください。
 両親ともに音楽好きではありますが、年上のいとこが沢山いて全員がヴァイオリンを習っていました。夏休みなどに集まる時にはいとこたちがヴァイオリンを持ってきており、みんなが楽しそうに弾いている様子に影響を受けて、自分も習いたいと両親に頼みました。そうして、3歳の誕生日のプレゼントとして楽器を買ってもらいました。このような周りの環境もありますが、振り返るとヴァイオリンの音にとても惹かれていたようです。

――国際コンクールの審査員も務めていらっしゃいますが、竹澤さんご自身のコンクールへの挑戦についてお聞かせください。

1.コンクールとの出会い
 ヴァイオリンを習い始めたのはスズキ・メソードですが、スズキ・メソードではコンクールのような演奏に順位をつけることをあまり推奨していなかったので、最初に習った先生はコンクールをどんどん受けなさいという方ではありませんでした。そのため、小学校高学年ぐらいまでは、コンクールというものの存在すら知らずにいました。
 それまで私がヴァイオリンの勉強に没頭していた理由の一つには、スズキ・メソードの「テン・チルドレン・ツアー」と呼ばれる海外演奏旅行がありました。これは、全国のスズキ・メソードの生徒の中から10人が選ばれるもので、私は小学1年~4年生まで毎年参加していました。このツアーへの参加を目標に勉強していましたし、言葉が通じない国の人たちと音楽によってコミュニケーションが取れる楽しみに、すっかり夢中になってしまいました。
 ですが、小学4年生頃に将来を見据えた上でヴァイオリンを続けるのか、習い事として続けるのかを考えて、専門的に続けていくのであれば新たな先生に師事した方が良いということになりました。
 新しく師事した小林健次先生は、勉強する上で何か目標があった方が良いだろうとアドバイスをくださいました。そこで、「全日本学生音楽コンクール」小学生の部を受けてみたところ、1位を受賞したことが私にとって初めてのコンクール経験でした。そして、この経験によって、将来はヴァイオリニストになるのかなと自分自身も少しずつ思いながら勉強を続けていくことになりました。

2.アメリカ留学のきっかけ、チャイコフスキー国際コンクール棄権からインディアナポリス国際ヴァイオリン・コンクール優勝
 次に、高校1年生の時に日本音楽コンクールを受けて優勝しました。そうすると、周りの意見もあって海外のコンクールを受けてみようかという流れになりました。
 その頃、受けたいと思う唯一のコンクールがあり、それがチャイコフスキー国際コンクールでした。同時に、このまま日本で勉強を続けるのか、留学をするのかも考えました。というのも、高校2年生の時にジュリアード音楽院のドロシー・ディレイ(※1)先生によるマスタークラスを受講して、とても素晴らしく、この先生のもとで勉強したいという気持ちになったからです。ディレイ先生は、夏の間はアスペン音楽祭(※2)で教えていらしたので、高校2年と3年の時に参加して教えて頂きました。この音楽祭には素晴らしい生徒さんがたくさんいらしていて、ものすごい刺激を受けました。と同時に、このような環境で勉強したいとも考えていました。ただ、自分は高校生でしたし、また当時のニューヨークは現在と比べて治安が悪かったため、ディレイ先生が教えていらっしゃるジュリアード音楽院への留学は、大学からすることにしました。
 大学2年の時にいよいよチャイコフスキー国際コンクールを受けようとしたところ、チェルノブイリ原発事故が発生しました。当時のアメリカにはロシアの情報が入ってこなかったこともあり、渡航は危ないかもしれないという判断をして、棄権をしてしまいました。
 これによって目標を見失ってしまったのですが、ディレイ先生からインディアナポリス(アメリカ)で行われるコンクールの存在を知らされました。開催が4年に一度ということは、国際コンクールとしての規模の大きさを示すものなのですが、このコンクールを受けてみたらどうかと。当時は勉強不足でこのコンクールのことをよく知らなかったのですが、審査員長のジョセフ・ギンゴールドをはじめ録音でよく聴いていた著名なヴァイオリニストたちが審査員だったので、彼らに自分の演奏を聴いてもらう良い機会なのではないかと思い、受けてみました。
 しかし、先生からの助言で受けたので、周りがどれだけレベルの高い方たちであるのかを知らずに行ってしまい、そのためかプレッシャーもありませんでした。また、本選で演奏したのがバルトークの《協奏曲第2番》でした。元々この作品が大好きでしたが、それまでオーケストラと一緒に演奏した経験がなく、いつか絶対に弾きたいと思っていたところ、本選まで残り願いが叶ったので、とても嬉しくてコンクールという場を忘れて演奏することができました。これらが結果につながって優勝できたのだと思います。
 これが私にとって大きなコンクール経験でしたし、副賞によるコンサートもたくさんいただけて、そのまま演奏活動に入ることになりました。

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※1 1917-2002年、アメリカ。ジュリアード音楽院の名ヴァイオリン教師。門下生には、竹澤恭子をはじめとして、イツァーク・パールマン、ギル・シャハム、五嶋みどり、諏訪内晶子など優秀なヴァイオリニストが多い。
※2 プロの演奏家をめざす学生に対象に、ジュリアード音楽院の教授陣や著名な音楽家による最高レベルの教育の機会を与えること、また聴衆に高いレベルのコンサートを提供することを目的に創設された音楽祭。毎年6月下旬から9週間にわたり、オーケストラコンサート、室内楽、オペラ、現代音楽、マスタークラス等が開催されている。

協力/ヒラサ・オフィス
取材日/2020年9月2日(水)
(c)公益財団法人相模原市民文化財団