【公 演】小山実稚恵(pf)特別インタビュー
2022.02.05
2021年9月から始まった開館20周年記念事業も、3月の「小山実稚恵ピアノ・リサイタル」でいよいよ最終公演となりました。小山実稚恵さんは、こけら落とし公演を飾ったピアニストであると同時に、スタインウェイ・ピアノの選定者でもあります。
杜のホールはしもとには「20年前のコンサートも聴きに来た」というお声を数多くいただいており、20周年の節目に縁深いアーティストの方をふたたびお招きして、皆様と過去と未来の時間を共有できることをスタッフ一同とても嬉しく思っているところです。
当時どのようにピアノを選定して下さったのか、また今回演奏するプログラムについてなど小山さんにお聞きしましたので、どうぞお読みください。
(c)Hideki Otsuka
――小山さんは、杜のホールはしもとのスタインウェイ・ピアノを選定して下さいました。選定の際には複数台のピアノが用意されていたと推測しますが、どのようにお選びになったのか、また「このピアノにしよう」とお決めになった理由など、覚えていらっしゃるエピソードはおありでしょうか。
いつもピアノ選定の場合は、パッと音を出した時の印象を大切にします。そのピアノが持っている本質が伸びやかなもの、何年か先も素敵な花を咲かせて続けてくれるようなピアノ、と言えば良いのでしょうか。ボディの良いピアノは何年か後に再び会っても、「やっぱりいいピアノだった…」と思うことが多いのです。
2001年9月30日 オープニングコンサートより(指揮/沼尻竜典、ピアノ/小山実稚恵 演奏曲はショパン《ピアノ協奏曲第1番》であった)
――小山さんは、全国各地で演奏活動をされています。各地のピアノとどのように仲良くなっているのでしょうか。その秘訣を教えて下さい。
まず、各地ではいろんなピアノに出会います。出会うというより、遭遇すると言った方が正しいくらいです。弾いてすぐ心が通じ合う楽器もありますが、長い間、冬眠していたようなピアノに遭遇した時などは、まず楽器に目を覚ましてもらわないと、その楽器の個性が浮かび上がってこないこともあります。ボディが眠ってしまっているため、そのピアノが持っている本来の音がなかなか鳴ってくれないのです。
ピアノは本当に人間と同じ生き物です。楽器をあたためて、ほぐしてあげること。そして魂を吹き込むのです。ピアノ一台一台が異なる長所も短所も持ち合わせていますし、音色も個性もそれぞれ違いますから、短い時間でその楽器のことをどこまで知ることができるか、それがとても大切だと感じています。
決して無理な音作りをするのではなく、“楽器本来の本質”をのびのびと出せるようにすること。自分から心を開いて、そのピアノが持っている本来の音を受け止めて、音色を引き出してあげることが秘訣なのかもしれません。
――実際に演奏していただいて、杜のホールはしもとの印象はいかがでしたか?当時のホールやピアノの響きなどのご感想をお聞かせ下さい。
杜のホールはしもとで演奏した時に感じたことは、木のぬくもりや温かさがあったことです。植物が呼吸をするように、木々の自然な呼吸を感じる響きが杜のホールはしもとにはあると思います。
2001年9月30日 オープニングコンサートより
――杜のホールはしもとには、2007年以来のご登場です。小山さんが選んで下さったピアノとも15年ぶりの対面となりますが、現在どのようなお気持ちですか?
15年ぶりの対面となると、人間なら赤ちゃんから中学3年生での再会ですね。でも、杜のホールはしもとは20年前に誕生していますから、15年前は5歳。そうすると20歳のピアノとの再会ということです。そう思うと胸がときめきます。どんな大人になったのか、どんな音色を聞かせてくれるのか、とても楽しみです。
前日にはリハーサルもありますので、そこで仲良くなり、音楽を通して楽器と語り合いたいと思っています。
――今回演奏して下さるのは、シューマン、シューベルト、ベートーヴェンです。特にベートーヴェンは、12年にわたるシリーズをはじめ小山さんにとって大事な作曲家ですが、その後に続く、シューベルト、シューマンという作曲家をまじえたプログラムに込めた意図をお聞かせ下さい。
ベートーヴェンは近年集中的に取り組んでいますので、杜のホールはしもとでも是非演奏したいと思いました。そして、シューマン、シューベルトを選曲したのは、2人の作曲家が杜のホールはしもとのイメージと重なったからでした。
私の中で、シューマンの音楽は新芽が芽吹くような緑色のイメージです。今回演奏する《アラベスク》、そして《謝肉祭》は若きシューマンの作品です。唐草模様のように音がつむがれてゆく《アラベスク》。シューマンの魅力は心技の多面性ですが、《謝肉祭》はとても鮮やかな作品です。場面が次々と移り変わり、登場人物も個性的。文学に深い造形をもっていたシューマンならではの丁々発止とした作品です。杜のホールはしもとの自然の香りの中でいろいろな情景や心情を感じていただければ嬉しいです。
また、シューベルトの作品は自然のぬくもり、心の安らぎに満ちています。《即興曲》は、シューベルトの想いがそのまま綴られた小品ですが、聴き手も弾き手もシューベルトのナイーヴな音楽に浸りながら、その繊細な心を共に歌う。最もに杜のホールはしもとに合う作品ではないかと感じています。
木のぬくもりを感じる“杜のホールはしもと”で演奏できますことを、楽しみにしております。
――20年前のオープニングコンサートにもいらして下さったというお客様からのお声も数多く頂いております。相模原のお客様へメッセージをお願いいたします。
相模原では杜のホールはしもとだけでなく、他のホール(現・相模女子大学グリーンホール/旧・グリーンホール相模大野)でも何度か演奏しています。いつも感じるのは、相模原の街には音楽が自然に根付いている感じがします。
ホールの響き、日常の中での贅沢な響き、「杜のホールはしもとの響き」を楽しんでいただけましたら嬉しいです。
度々お会いしている相模原の皆様に、ふたたびお会いできることを楽しみにしつつ。
2022年1月、メールインタビューにて
(c)公益財団法人相模原市民文化財団
協力:株式会社AMATI