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【公 演】竹澤恭子さんインタビュー vol.2〔アメリカからフランス、そして日本へ〕

2020.09.23

――アメリカを経てフランスにもお住まいでしたが、両国の音楽性の違いはありましたか?
 
1.アメリカからフランスへ
 アメリカ留学後、コンクールで優勝してそのまま演奏活動を開始したので、デビュー当初はアメリカでの活動の比重が大きく、徐々にヨーロッパでのお仕事もいただくようになりました。
 長年アメリカに住んでいたので、アメリカの雰囲気や音楽づくりは、すっかり自分のものとして身についていました。ですが、ヨーロッパへ演奏で行った時は、音楽づくりや音の在り方、雰囲気などにまた異なるものを感じていて、それらを素敵だなと思っていました。西洋音楽は、元々ヨーロッパから生まれたものですし、そういう環境に身を置いてみることにも興味がありました。ただ、多忙な演奏活動の中では移住したいと考えていてもいざとなると難しく行動できずにいたのですが、当時住んでいたニューヨークが賑やかな場所で落ち着いた生活ができにくい環境だったこともあり、結婚して子どもが生まれると思い切ってパリに転居することにしました。

2.両国の違いとは
 まず、アメリカとフランスとでは何か大きく違うかというと、ニューヨークは24時間眠らない街と比喩されるようにとても賑やかで、それゆえにたくさんの刺激を受ける場所です。また、アメリカンドリームなどとも言われますが、自分のキャリアを築くために上を目指してどんどん頑張る競争社会的なところがあります。
 一方でパリに移った時に感じたのは、人々の生きていくペース、生活するペースが異なることでした。移住は夏でしたが、みんなが長いバケーション中で、パン屋さんですら「お休み」と貼り紙があるぐらいパリの街全体がガランとしていました。それでも9月になって新しいシーズンが始まると180度ガラリと変わる。つまり、休む時は存分に休んで楽しみ、働く時は働くのがフランスの在り方なのです。この時、このような生き方があり、成り立っている国もあるのだなと感じました。
 音楽づくりについて目を向けると、アメリカは明快で積極性を前面に押し出していきます。これは若い頃の自分にはなかった性質で、このように表現するにはどうすれば良いか迷いながら留学したので、身近に学ぶことができて私にはとても良かったです。フランスは、マイナスの表現をしますね。例えば、光が当たるところは影があってこそ活きてくると思いますが、そのような感覚を大事にします。そして、ハーモニーの響きにも丁寧に耳を傾けます。ヨーロッパの音楽祭に参加しながらこのような音楽づくりを学び、自分の表現の幅が広がったように思います。

――お話を伺っていると、まるで真逆にも感じます。
 アメリカは、わかりやすく、効率良くといように合理主義的ですね。例えば、コンサートホールはとても大きく、響きもドライで残響が少ない。そうすると、遠くの席にいる方にまでわかりやすく音楽を伝えるには、どのように演奏すれば良いかを大切に考えるようになります。基本的には、割と骨太の音を弾けないとアメリカでコンサート活動をしていくのは難しいと言われますが、私自身は日本にいる時から肉厚な音が好きでしたし、そのような音色を目指していたので、アメリカでの活動が合っていたのだと思います。
 フランスでは、子どもがヴァイオリンを習っていたので、レッスン風景を興味深く見ていました。音に対する感覚がアメリカとはかなり異なっていて、どちらかというとヴァイオリンを自然に響かせるなど、“響き”を大切にします。ボウイングもしっかりと押さえつけるというよりは、弓を鳥のように軽やかに動かし、それにただ手を添えるようなイメージで、とても軽やかな奏法です。そのようなところから出てくる音というのは必然的に異なりますし、これまでの自分の演奏の中ではあまり考えてこなかった感覚でもありました。

――現在、桐朋学園大学や洗足学園音楽大学で特任教授を務めていらっしゃいます。教育者としてのお考えをお聞かせください。

 これまでもマスタークラスという形では教えていました。また、師事したディレイ先生の特徴として、若い生徒にもマスタークラスを持たせることを積極的になさっていました。なので、私も若い時分から少しずつマスタークラスで教える経験をしていました。
 教えるということは、どのような所を自分がわかっていて、わかっていないのか、自分自身の理解の確認です。また、目の前で弾いている生徒が何か困難があったり難しそうにしていたら、それを自身に置き換え、どのように工夫すればもっと上手く演奏できるのかを考えながら一つ一つ教えていくこと、そういう作業が好きだと自分自身も感じていました。
 教える中で大切にしているのは、一人一人の生徒の個性を見つけて、すでに持っている良い所を伸ばしてあげることです。その生徒の長所をより効果的に表現していくにはどうすべきなのかを考えながら教えていきたいですね。生徒たちはいずれ学校を卒業し、ずっと先生に習うことはできませんから、将来ひとりで一つの作品を作り上げることができるように、その人の音楽に対する考えを伸ばすためにはどうすれば良いのか自分なりの思いを伝えています。そして私は、幸運なことにいろいろな国でさまざまなアーティストと出会い、共演する機会をいただけたので、体験の中で学んだことを伝えていきたいです。
 また、今は動画サイトやメディアが発達していて様々な勉強をする機会があり、どのような国に行っても幅広い勉強をすることができますが、ゆくゆくは日本の若いアーティストの方々が日本から世界に向けてクラシック音楽を発信していくことができたら素敵だなと思っています。

協力/ヒラサ・オフィス
取材日/2020年9月2日(水)
(c)公益財団法人相模原市民文化財団