vol . 1 コンサートマスター編
コンサートマスターは、通称「コンマス」と言われていますが、
どのようなお仕事なのでしょうか。
日本フィルのソロ・コンサートマスター扇谷 泰朋(おぎたに やすとも)さんに
お話を伺ってきました。
◎コンサートマスターの役割
――オーケストラの中には、「コンサートマスター」という役職がありますが、どのようなお仕事でしょなのでしょうか。
簡単に言うと、楽器を持っている人たちの“まとめ役”です。
もちろん、指揮者はいますが、指揮者は「振り」で指示します。僕たちは指揮者の楽器にならなければいけませんし、音として具現化しなければいけません。
そういう時に、70~80人の奏者の音をどこに集めなければいけないかを判断するのがコンサートマスターの仕事です。それは、決して自分のところに集めるわけではなくて、「どこか」に集まってもらい、もちろん自分もその「どこか」に集合します。
僕が思うに、フレーズや拍、何か事件が起きた時、うまくいっている時も、うまくいってるからこういう風にやろうなど道を示すのが、コンサートマスターの役割です。
――それは、具体的にどのような技を使って、みなさんに示すのでしょうか。
振りや体の動かし方でしょうか。例えば、楽器を横になめらかに動かしながら僕が弾いているのに、縦に振りながら弾く人はいません。静かに、まるで動いてないように弾くこともあります。だから、どなたが見てもわかるはずです。
――そうすると、演奏会の際にコンサートマスターの方を見ると、他の奏者より身振りが大きく見えるのは、それによってオーケストラの皆さんに道を示しているということですね。
そうですね、そのように見えるかもしれません。
――では、指揮者の近くにいるのはなぜなのでしょうか。
僕は弦楽器の専門家ですし、管楽器には管楽器の専門家がいる。オーケストラには各々の楽器の専門家がいますよね。なので、指揮者がそれぞれのパートに求める音があれば、「こういう風にすればマエストロが求めているとおりにできますよ」と示すためです。
――「こうするといいですよ」などと進言することもありますか
もちろん、あります。逆に、聞かれることもあります。
◎チューニングについて
――チューニングをする時、コンサートマスターの方が立っていますね。なぜなのでしょうか。
オーケストラのチューニングは、オーボエ奏者が「ラ」の音を吹き、まずコンサートマスターと音を合わせます。
なぜオーボエが最初に吹くのかというと、オーボエは楽器の中でも音程が安定している楽器と言われています。音程を変えることが難しい楽器とも言えるのかな。それに、とても音が通りやすいのでクリアに聞こえてくるのもあります。
でも、例えばオーボエから弦楽器に、ピアノから弦楽器というチューニングは、結構難しく、実は弦楽器同士の方が合わせやすいのです。だから、僕がオーボエとピッチを合わせてから弦楽器の人たちに音を聴かせた方が、弦楽器奏者は合わせやすいはずだと思います。
また、弦楽器は調弦が全てで、1本1本のピッチが合っていないと、弾き始めてからすごく苦労するのです。だから、はじめのチューニングが大事になります。
◎弓の動きについて
――演奏会で弦楽器の様子を見ていると、ボーイングが揃っていますが、なぜでしょうか。
楽譜に書いてあるからです(笑)。演奏する上で、ここで弓を返す(上げ下げを変える)など、全て情報として楽譜に書いてあるからですね。
全員がボーイングを揃える効果としては、それによって、同じ音が出て、同じフレージングができるのです。音が揃うということですね。本当はボーイングを決めたら、弾き始める弓の位置なども含めて全部同じにしなければいけないのです。
――弓の速度を含む動きに関して、弦楽器奏者の皆さんがコンマスを意識しながら演奏していると考えて良いのでしょうか
そうですね、全員が僕の動きを見ているはずです。ボーイングに関して見なければいけない優先順位を言うと、1)上げ下げ、2)場所(弓のどの部分を使って弾くか)、3)動かす速度になります。
――そうすると、コンマスの席の位置というのは、どの奏者からも見やすい理に適った場所なのですね。
そうだと思います。一番見えづらいのは、僕の後ろで弾いている人たちですが、少し椅子をずらしたり工夫しながら見ているはずです。もちろん、僕のところからも真後ろの人たち以外は、全員見えます。
――さながら、第2の指揮者といったところでしょうか
そうですね、音の出だし、持続音を切るタイミングなど、アクションがなければ他の奏者と合わせられない場合は、僕が身振りによって示しています。
◎過去の経験談について
――演奏中にトラブルが生じたことはありますか。
弦が切れたことがあります。過去には、2回ぐらい経験してます。
そして、僕の弦が切れてしまった時が、一番大変ですね。もし僕の弦が切れたら、隣の人の楽器を借ります。楽器を貸してくれた隣の人は、真後ろの人から楽器を借りて、というようにリレー形式で楽器を借ります。だから、僕の弦が切れた時は、何人もの人が他人の楽器を弾かなければいけなくて大変なのです(笑)。
◎オーケストラの魅力とは
僕たちは、交響曲を演奏することに重きを置いていますが、このたった40分ほどの作品を弾き、同じ音を出すためにいろんな人が集まることが好きです。
うまくいった時は、宇宙のような音がするし、それもまた好きです。
いろいろな質の音が混ざり合って、人の心に届いていくということは、自分一人ではできないんですよね。もちろん弦楽アンサンブルでも良いですが、やはり管楽器や打楽器が入って、いろいろな音がミックスすると素晴しいし、これが僕にとっての魅力です。
また、この楽器の重ね方も、作曲家によって特徴ある重ね方をする人もいて、例えばワーグナーやR.シュトラウスの作品はすごく大編成になるのですが、あれだけの楽器を使うということは、作曲家自身も音をミックスしたいのだと思いますね。
――今回の相模原定期の聴きどころはどんなところでしょうか。
小林研一郎先生は、指揮者の中でも特に、消え入るような音と爆発的な音との対比を好まれるので、もしかしたらそれに注視すると面白いかもしれないですね。楽譜とはかなりかけ離れた解釈をしていることもあるのですが、それがまた効果的になるのが、先生の素晴らしいところです。
扇谷さんのお話の中で、コンサートマスターの席からは、真後ろの方以外は見えるとありました。
実際に、お席からはどのように見えていらっしゃるのか、撮影してきました!
①まずは、私たちから見える風景。コンサートマスターの席は、赤枠の場所です。
②指揮者を見る。
③管楽器を見る。
④客席を見る。ステージからも、お客さんがよく見えますね。
どうでしょうか。
みなさんも、コンサートマスターの気分になれたでしょうか。
演奏会の際は、コンサートマスターが団員にどのような指示を出しているのか、
ぜひ注目してみましょう!
©公益財団法人相模原市民文化財団
協力:日本フィルハーモニー交響楽団、杉並公会堂