vol . 5 ピエタリ・インキネン[日本フィル首席客演指揮者]
2016年9月より日本フィル首席指揮者就任が決定など、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍中のピエタリ・インキネンが、11月に相模原定期に初登場します。
これに先駆け、インタビューを行いました。
日本フィルとの継続してきたシベリウス・プロジェクトや今回ご自身でソロを務めるバッハ作品についてなど、興味深いことばかり!
どうぞお読みください。
広瀬(H):新しく、シベリウスの交響曲全集を日本フィルと収録されました。すでにナクソスレーベルから、ニュージーランド交響楽団との演奏がリリースされております。両者の違いを教えて下さい。
インキネン(I):二つを並べて聴き比べてはいませんが、解釈という意味では、自分の解釈には類似点が当然あるでしょう。ただ、オーケストラの性質がまったく異なりますので、かなり違う演奏に聴こえるはずです。録音された場所も違いますから、音の移行にかかる時間が違ったり、テンポそのものが異なったりするでしょう。それに、二つの演奏のあいだに何年もの年数が空いていることも影響しているでしょうね。この間に私もさまざまな経験を重ねていますので、それらが交響曲の録音に影響しているはずです。大きな違いは、ニュージーランドでの収録はスタジオで、日本フィルとの演奏はライヴでの録音であること。ライヴの場合は、スタジオのようにきれいで完璧な録音をすることに主眼が置かれるわけではありませんから、その意味でもかなり違いがあると思います。
H:11月に演奏される『歴史的情景第1番』は、おそらく多くの日本人にとってはあまり馴染みのない、フィンランディアとの関係でよく言及される作品ですが、この作品の魅力、そしてシベリウスという人物がフィンランドにおよぼした影響について教えて下さい。
I:日本フィルとのシベリウス・プロジェクトでは、かなりの作品をこれまでに取り上げることができました。いくつかの交響曲に比べれば、自分にとって「まだまだ新鮮な」作品がたくさんあります。『歴史的情景』は、第1番も第2番も、情景を描写するとても美しい音楽で、『クレルヴォ交響曲』や『レンミンカイネン』のように、かなり荒々しい、劇的な物語が背景にあるそれ以前の曲と違って、やや古めかしい雰囲気を漂わせているように感じます。極めて美しいシベリウスの音楽です。
フィンランドはもうすぐ独立100周年を迎えます。ロシアがどちらへ向かうか大いなる情勢不安定の時期、そうした中にあって、あるべきタイミングでシベリウスが登場したのです。さまざまな芸術家や作家や画家などが集まった強いコミュニティが、シベリウスの家があったアイノラの近くにあり、この重要な時期に彼らのような「国民のアイデンティティに力を与える人たち」がいたことが、重要な鍵となりました。そうした芸術家たちの中でも、シベリウスはもっとも有名で、かつ重要な存在であったと思います。
フィンランド語にはSISU(シス)という言葉があります。これは「意志の力」を意味し、それは、強い文化遺産・文化の独立から生まれるのです。もしシベリウスという存在がおらず、独立に貢献することもなく、音楽がその中で重要な役割を果たしていなければ、現在あるような、これほどの数のオーケストラや音楽機関システムが全国に広く存在する状態は考え難いのです。シベリウスがいなければ、おそらく私も今日ここに座ってはいないでしょう。
H:11月にはご自身でバッハの『二台のヴァイオリンのための協奏曲』も演奏なさいますね。ヴァイオリン奏者としての意気込みをぜひ伺いたいです。
I:以前に比べれば大幅に頻度は減りましたが、いまでも、ヴァイオリンは定期的に演奏しています。オーケストラの首席奏者と演奏するために、最近は主にモーツァルトの『協奏交響曲』やバッハの協奏曲を弾いています。そろそろ、コンサートマスターの扇谷さんと、舞台に出てもいい時期になったのではないかと思います。ヴァイオリンを演奏できる状態になるのに準備期間が必要なのですが、いまの私の多忙なスケジュールでは、練習時間を見つけるのが大変。最近では、一時期にまとめて取り組み、弾ける状態にもっていき、演奏し、そのあとはしばらく休み、またコンディションを整えて、いくつかコンサートをこなし、また休む、という弾き方が主になってきています。このような新しいルーティンのようなものができあがっており、いまのところ、これがうまく機能しています。
H:チャイコフスキー『交響曲第5番』も演奏されますね。2008年に初めて日本フィルに登場されたときは、チャイコフスキーの第4番から始められたわけですが、チャイコフスキーという作曲家について考えていることをお聞かせください。
I:チャイコフスキーはもっとも人気の高い作曲家のひとりであり、『第5番』は音楽史上もっとも人気が高く、成功した交響曲のひとつで、私もキャリアの早い時期から指揮してきました。チャイコフスキーの交響曲では、『第6番「悲愴」』がもっとも作曲家の「心」に近い作品で、とりわけその最終楽章は、内に押し込められた葛藤が叫びとなって現れた作品でしょう。シベリウスにとって『交響曲第4番』がそうであったように、極めて私的な。でも、演奏者にとっても聴き手にとっても、すべてが揃った完璧な作品というのは『第5番』ではないかと思うのです。「悲愴」のほうが、多くの意味で、音楽的重要性は高い作品ではありますけれど。すべてを備え、且つ、肯定的な高揚感をもたらしてくれるのは5番です。
H:来年、首席指揮者に就任される折には、ワーグナー・ガラを2016年9月に指揮されます。また2012年にも『ワルキューレ』第1幕を指揮されました。ワーグナーが大変お好きでいらっしゃるのはなぜでしょうか。私はとてもうれしいのですが(笑)。
I:ワーグナーを好きになるかどうかは、DNAの中にその因子を持っているかどうかなのだと思います(笑)。妙な言い方かもしれませんが、ワーグナーを好きであっても、その音楽を聴いて「血が沸く」のでなければ、演奏しない方がいいと思います。知り合いのバイロイト祝祭管弦楽団のメンバーはワーグナーのことを、専門家と同じくらい、隅々まで知り尽くしています。ワーグナーをやるには、そのくらい熱狂的でなくてはならない。とくに《ニーベルングの指環》は、おそらく人類が成し得た最高の成果であり、これを越えるものを作るのは難しいでしょう。その物語は時間を超越しており、柔軟である故に、さまざまなかたちで見せることが可能であり、だからこそ流行遅れになったりすることがないのです。
H:インキネンさんは知る人ぞ知るラーメン好きでいらっしゃいますが(笑)、今回の来日でおいしいラーメン屋さんは見つかりましたか?
I:東京では新しいお店を開拓する時間がなく、いつも一風堂に行きます。九州ではいろいろな種類のラーメンがあって、混乱するほど。どれも美味しく、味もさまざまで、お気に入りを選ぶのが難しい。ただ、九州での問題は、毎日食べてしまうこと(笑)。最近の来日では、一週間に1回、多くても2回にしています。美味しい店があれば、次回のためにぜひ教えて下さい。
H:相模原のお客様へメッセージをいただけますか。
I:「相模原」は初めてですよね。素晴らしい。新しいファンに出会えるのを、とても楽しみにしています。新設「相模原ファン・クラブ」と演奏会を共有できるのを楽しみに。
ヴァイオリンを弾くインキネン氏。4月の来日時には、
練習のためにヴァイオリンを持っていらしたそう。
コンマスの扇谷さんとデュオ!
楽器や弓を交換したり、仲良しのご様子。
最後にJ.S.バッハの協奏曲で共演するお二人。
取材・文:広瀬大介
協力:日本フィルハーモニー交響楽団