杜のホールはしもと

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【公 演】竹澤恭子さんインタビュー vol.4〔プログラムの聴きどころ〕

2020.10.09

――今回演奏するプログラムは、《第5番「春」》、第7番、《第9番「クロイツェル」》です。《春》や《クロイツェル》は標題付きで有名ですが、《第7番》を選択した理由をご教示ください。
 《第5番「春」》(以下《春》)ぐらいからヴァイオリンとピアノが同等に扱われるようになり、《第9番「クロイツェル」》(以下《クロイツェル》)ではヴィルトゥオーゾ的な要素やベートーヴェンの情熱的な性質が現れます。《春》は全楽章をとおして非常に軽やかでウィットに富み、流麗で魅力的な旋律が豊富な作品です。一方、《第7番》は短調で書かれたので、調性の独特の色合いと音楽的な緊張感がある上、ヴィルトゥオーゾ的要素が少しずつ認められる作品です。ですから、《春》とコントラストをつけて聴いて頂けると思います。
 また、今回のプログラムの中では《春》《クロイツェル》とは真逆の性質を持ち、ゆっくりした楽章では穏やかな雰囲気が流れている作品なので、情熱的/穏やかな両方の性質を持った《第7番》を聴いて頂いた上で、《クロイツェル》のような大作を聴いて頂きたい意図がありました。
 このような一連の流れで聴いて頂くと、作品の変遷も感じて頂けると思います。

――ズバリ、このプログラムの聴きどころをご教示ください。
 ベートーヴェンの音楽に対しては、一般的に勇ましくてポジティブなイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。しかし、今回の演奏曲にも見られるように、情熱的な反面、非常に穏やかな音楽が魅力的で、そこにも彼の作品が愛される理由があると思います。私自身も、あのように不器用に生きた方がなぜあのような美しい旋律を書くことができたのかと不思議に思うことがあります。
 このように、他の作曲家にはない表現があり、相反する音楽的性格の両面が彼の魅力であると思いますので、それらを皆様に存分にお伝えできるような演奏を目指していきたいです。

――近年は、水戸室内管弦楽団をはじめオーケストラ奏者としても活動されていますが、オーケストラ作品を演奏することでご自身の中で変化はありましたか。
 協奏曲のソリストの場合は、1人対100人などで演奏しますが、常に頭の中にあることの1つは音のバランス感覚です。つまり、どのようなピアニッシモで弾いても自分の音が聴こえるかということを意識しています。しかし、オーケストラの楽員になった場合は、弦楽器の中の1人なので、音色づくりにしろいかに弦セクションの音が一つになるかを考えています。ですから、絶対目立ってはいけませんし(笑)、実際にオーケストラの一人として弾いてみると奏法なども含めてさまざまな工夫をしなければなりません。
 また、指揮者がどのように呼吸をして音楽を作り上げるのかという、指揮棒のひと振りが及ぼす力を改めて感じました。ソリストとして演奏する際ももちろん指揮を見てはいますが、ずっと見てはいませんから(笑)、オーケストラの楽員の1人として指揮者が表現したいもののメッセージを感じ取り、その中に入り込んで自分を表現するということはこれまで経験がなかったので、とても面白いです。
 学生の時にオーケストラを学ぶ機会があったのかもしれませんが、コンクール後すぐに演奏活動に入ってしまったので、これまでできなかったことを現在経験していますし、オーケストラ活動は視野をより広げてくれることにつながりました。

――交響曲などを演奏することで、ベートーヴェンとの距離は近くなりましたか?
 交響曲やピアノ協奏曲など数多くの作品に触れるほどベートーヴェンの作曲の手法をより親しく感じることができるので、ソナタを演奏する時にも意識しすぎてしまう気持ちがだんだんと削ぎ落されていっているように感じています。

vol.1 〔コンクールとの出会い〕
vol.2 〔アメリカからフランス、そして日本へ〕
vol.3 〔ベートーヴェンと竹澤恭子〕

協力/ヒラサ・オフィス
取材日/2020年9月2日(水)
(c)公益財団法人相模原市民文化財団