杜のホールはしもと

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【公 演】アレクサンドル・カントロフ(pf)特別インタビュー

2021.10.26

2019年チャイコフスキー国際コンクール優勝者アレクサンドル・カントロフ。ヨーロッパではすでに破竹の勢いで一流ホール・オーケストラへの出演を重ねています。
昨年予定していたコンサートは感染症による影響でやむを得ず中止となり、今回の来日、さらにこの「杜のホールはしもと公演」がコンクール優勝後初の来日リサイタルとなります。これまで動画配信等でカントロフさんの演奏楽しまれていた方も数多くいらっしゃるかと思いますが、ホールの響きのなかでどのような音色が広がるのか想像が膨らむばかりです。
ますます期待が高まる一方ですが、公演に先がけてインタビューを行いましたので是非お読みください。

■チャイコフスキー国際コンクールについて

今年はショパンコンクールも開催されましたが、数あるコンクールの中からチャイコフスキー国際コンクールの出場を選んだ理由は?

前々から挑戦したいという気持ちは持っていました。長年ロシアの先生に師事していましたし、ロシアの文化も身近だったので、自然な流れだったのだと思います。
また、私の尊敬するピアニストの多くがこのコンクールの経験者だということは知っていましたし、コンクールの会場であるモスクワ音楽院大ホールは、これまでに数えきれないほどのコンサートが開かれ、録音で使用された、とても由緒あるホールです。
こういったことが相まって、数あるコンクールの中でもチャイコフスキー・コンクールへの出場を決めました。

一次予選から一貫してカントロフさんの選曲の個性が際立ちました。また、《火の鳥》の後にフォーレを演奏するなど、静と動のコントラストがはっきりとした選曲のような印象を受けました。
コンクールということで、選曲について特別に意識したことはありますか?

リサイタルのプログラムを組む時と、ほとんど違いはありませんでした。
コンクールの条件は「ロシア作品を1曲以上含む」ことで、私自身は滅多に演奏されないブラームスの若い頃のソナタをどうしても弾きたいと思いました。
《火の鳥》は、私がずっと好んで演奏してきた作品で、アゴスティによるこのピアノ編曲版は、オーケストラ作品をピアノ・ソロに編曲した作品のなかでも最高傑作の一つだと思います。自由に彩りを加え、オーケストラのサウンドに近い響きを出すことができます。
それからフォーレですが、これはレナ・シェレシェフスカヤ(注:カントロフの先生)のアイディアでした。彼女はロシアとフランスが混ざり合うようなプログラミングにしたいと言っていました。今回は《火の鳥》の後ということで、リサイタルであればアンコールのような静かに余韻に浸ることができるこの曲を選びました。

ファイナルでは、チャイコフスキーの《第2番》とブラームスの《第2番》でした。
特にチャイコフスキーでは、第1番を選ぶコンテスタントが多いなか、《第2番》を演奏されていたので驚きました。チャイコフスキーの第2番は、日本ではあまり演奏される機会がない作品ですが、どのような意図があって選曲したのですか?

《第1番》を聴き過ぎていたからだと思います。コンクール以前から《第1番》には取り組んでいましたが、自分らしい弾き方を見つけることに苦心していました。これまでに、あまりに多くの人がこの曲を録音しているので、「こうあるべき」という音が既に頭の中に入ってしまっていて、それを超えるのが難しかったのです。
そんな時、ふと《第2番》のスコアを手に取ってみました。たちまち、そのフレッシュさ、(演奏機会が少ない曲だからですが)新しさに魅了され、自分にはこちらの方が合っていると感じました。
また、《第2番》の方が、よりチャイコフスキーの内面性を表しているようにも思います。バレエ的なところがあり、オペラにも近い作風です。演奏時間が長すぎるという批判がありますが、それでもこの曲は魅力的だと思います。

■普段イメージするブラームスとは異なる一面をお聴きいただくのは意味のあること

ブラームスは、特別な作曲家だと答えていらっしゃるインタビューを読みました。
改めて、ブラームスのどのようなところに魅力を感じているのか教えてください。

クラシック音楽の歴史において、いい意味で「中心」にいるという点でしょうか。
古典主義に深く根ざし、ベートーヴェンの後継者として、わずかなモティーフから壮大な楽曲を構築した作曲家です。細部に至るまで理にかなっていて、無駄が一切ありません。すべての意図が明確なのです。
一方で、ブラームスはまた非常に詩的な作曲家です。荘厳な音楽が、わずかなタッチで一瞬にしてこの上なく美しいものに変わってしまいます。
このバランスが、ブラームスという作曲家の最大の魅力だと私は思います。

今回、日本で演奏するプログラムも冒頭と最後にブラームスが置かれます。
カントロフさんのプログラムの意図と聴きどころを教えてください。

青年期のブラームスの作品を選びました。一般的に、“深みと落ち着きがあり完成された音楽”と考えられているブラームス作品とは異なり、とても奇抜で、リストのような野心も垣間見られます。
シューマンの狂気が乗り移ったかのような作風は、彼の人生においてこの時期だけに見られるもので、この作品をより一層特別なものにしていると思います。さらに、壮大なソナタ形式をとり、ピアノをオーケストラのように響かせようとしています。
普段イメージするブラームスとは異なる一面をお聴きいただくのは、意味のあることだと考えました。

初めてカントロフさんの演奏を聴いた際に、轟きのような左手(低音域)の音色がとても印象的でした。そのため、プログラム中のリスト〈ダンテを読んで〉もとても楽しみにしています。カントロフさんの左手の音色のひみつは何ですか?

良い先生に巡り合ったことに尽きると思います。
リストのこの作品を演奏する上で面白いのは、ピアノを演奏する以上の何かがあることです。文学や絵画から着想を得ているので、作曲の背景をたどって様々なイメージを膨らませることができます。ダンテの『神曲』を取り巻く多岐にわたる要素(ヴィクトール・ユーゴの詩集も含め)が、音楽を作り上げる上で大きな助けになります。
様々なアイディアを取り入れることで、風変りで非人間的な、地獄の様な響きを作り出すことができますし、その響きを作り出すにはやはり「ピアノ」という楽器が不可欠だと感じます。
シューベルトの歌曲作品や、リストによるシューベルト歌曲の編曲作品にも心惹かれています

これから取り組んでみたい作曲家や作品あるいはプロジェクトなどを教えてください。

沢山ありますよ!ラヴェルの《左手のためのピアノ協奏曲》はぜひ取り組んでみたいです。音楽的にも技術的にも驚異的な作品だと思います。大変な難曲ですが、到達した先には素晴らしい音楽が待っています。
それから最近は、シューベルトの歌曲作品や、リストによるシューベルト歌曲の編曲作品にも心惹かれています。これまでと違ったピアノへの向き合い方が必要で、身体的にも異なる能力が求められますが、積極的に取り組んでいきたいと思っています。

■日本に思いを寄せて

来日は今回が2度目と伺いましたが、日本や日本の聴衆の印象は?

日本の皆さんは、人生において「音楽」というものをとても大切にしていらっしゃると思います。世界中をみても、未だにレコードを買えるお店があちらこちらにあるというのは稀なことです。
そして、コンサートにいらっしゃる皆さんが、歴史的名演を期待し、その瞬間に立ち会うという意識を持って集中して聴いているのを感じます。緊張感のある静寂は、他に類をみないものです。

杜のホールはしもとの周年事業パンフレットにメッセージを寄せて下さって、ありがとうございました。カントロフさんの演奏を楽しみにしている皆さんにメッセージをお願いします。

本当に楽しみにしています。近い将来、日本で数か月を過ごすことも考えています。日本で過ごす時間はいつも楽しく、再び日本文化や日本のお客様と触れ合うことができるのはラッキーなことだと思っています。
コンサートの合間を縫って、美味しいものを見つけたり、ローカルな場所を訪れたり出来るといいのですが。私は日本文化の大ファンなんです!

協力:KAJIMOTO
(c)公益財団法人相模原市民文化財団

【公演詳細】
シリーズ杜の響きvol.45 アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル
2021.11月23日(火・祝)15:00開演
杜のホールはしもと・ホール
全席指定5,000円 学生(25歳以下)2,500円